お願いフルーツ「その他」

魚離れとカレクック

魚離れとカレクック
オンライン飲み会は
結局一度ぎりで、
以来、誘われておりません。

オンライン飲み会のおかげで、
ただの飲み会も、
「リアル飲み会」などと
言われるようになりました。

オンラインにしろリアルにしろ、
飲みに欠かせないのはお酒と肴。
酒の肴はアテとか、
おつまみなどとも言いますが、
もともとは、
食事の副食(おかず)のことが、
「な」と言われていて、
お酒のための「な」なので、
「さかな」なんだそうです。

どうしても魚介類を想像しますが、
お酒の席で食されるものなら、
魚介類ではなくとも、
「さかな」らしい。

ちなみに、
魚類のことを「さかな」と呼ぶのは、
酒の肴の「さかな」から
転じた言葉なんだそうです。
「完全に逆だと思ってた選手権」が
開催されるなら、
間違いなく上位に食いこむでしょう。

どうして魚が「さかな」と
呼ばれるようになったかといえば、
酒の肴として魚介類の料理が
多用されていたからで、
古くは魚類のことは
「うお」と呼ばれていました。
「さかな」と呼ぶようになったのは
江戸時代頃からなんだそうです。

いずれにしても、
お魚は古くから
私たちの暮らしに
密接に関わってきました。
それは魚にまつわるコトワザや
慣用句の多さからもうかがえます。

●魚のサバは傷みが早いため、
急いで数えてごまかすことが
由来となっているのは・・
「サバを読む」。

●小さなカタクチイワシになぞらえ、
力のない者がいくら悔しがっても
役に立たない様をあらわすのは・・
「ゴマメの歯ぎしり」。
(※ゴマメはカタクチイワシの
稚魚を干したもの)

●「エビで鯛を釣る」
「まな板の上の鯉」
「逃がした魚は大きい」
なんてものもあります。

ところが近年は食の洋風化などで
若者を中心に魚離れが進んでいて、
魚の消費は減少が続いています。
国民1人あたりの年間消費量は
20年ほど前をピークに、
下がり続けているそうです。

また、若い世代では魚と一緒に、
「ワサビ離れ」も
進んでいるといいます。
岐阜大学の研究チームが、
全国の高校生に
「身近な辛いもの」を尋ねたところ、
「ワサビ」と答えたのは
全体のわずか6%だったらしい。
魚を食べない家庭の子ほど
苦手意識が強いことも
わかったそうです。

ワサビは古くから
渓流などに自生している
貴重な固有種です。
平安時代には既に
食されていたといいますから、
食の歴史も長いんですが、
近年は里山が荒れ、
加工わさびの原料の一部は
中国から輸入されています。

私は刺身を食すとき、
醤油の海に泳がせるがごとく、
ひたひたに付けて食べますが、
ワサビも同じくで、
こちらは泳がせることはできませんが
醤油がもはや
液体ではなくなるくらいまで、
ワサビと混ぜ合わせます。
ちなみに、マナーとしては
下の下であることくらいは
わかっているので、
他人と会食するときなどは、
こういうことはしません。
刺身を醤油の海に泳がせるだけです。

そんな私でも、
確かに身近な辛いものを問われても
ワサビとは答えないと思います。
いまなら、やっぱり唐辛子でしょう。
実際、先ほどの岐阜大学の研究で、
全体の88%と、
ダントツだったのは唐辛子です。

ところで、
唐辛子といえば香辛料ですね。
子供の頃、ヨーロッパでは
香辛料(確か胡椒だったと思う)が
めちゃくちゃ貴重なものだった、
というエピソードを聞いたときは、
横山光輝『三国志』1巻で、
劉備が母親のために
当時は大変高価だったお茶を
買い求める場面を読んだときと、
同じような感慨を覚えたものですが、
それはさておき、
連想ゲームの続きをしよう。
香辛料といえばカレーです。

海上自衛隊では
毎週金曜日はカレーライスを
食べる習慣になっているそうです。
同じ曜日に
同じメニューを食べることで、
長い海上勤務中に曜日感覚を
なくさないように
するためらしいです。

とはいえ、
さほど歴史ある習慣ではなく、
定着したのは
週休2日制が導入されてからです。
それ以前は土曜日が
午前中だけの半日勤務だったので、
(いわゆる半ドンってやつ)
調理を担当する人たち
(給養員という)も午後には
業務を終えるため、
‪土曜日の昼食には調理の準備や‬
‪後片付けの時間が‬
‪短縮できるメニューとして‬
カレーが選ばれていたそうです。

準備や後片付けが
簡単な料理のなかから
カレーが選ばれたのは、
旧海軍時代から
栄養バランスの良い料理として、
カレーが定着していたかららしい。

カレーといえば、
ステイホーム期間は
「おうちカレー」の需要も
高まったらしく、
市場調査会社の
インテージ」によると、
3月後半から5月前半、
レトルトの市場規模が
昨年の同じ時期に比べ、
「190%」となった週も
あったそうです。

ステイホーム中は、
「何曜日かわからなくなった」
という声も聞きましたが、
海上自衛隊に倣い、決まった曜日に
カレーを食べていたという
ご家庭もあったのかもしれません。

そんなやつ、おれへんやろー。
と大木こだまひびきの漫才を
思い出したところで、
話題を無理やりに
変えてもいいのですが、
このままカレーの話を続けます。

諸説ありますが、
もともとカレーは
「西洋料理」として
イギリスから伝わりました。
当時は小麦粉とカレー粉などと
具材を煮込み、
炊いた米と食べる
シンプルなものでしたが、
やがてお醤油やカツオだしを入れる
レシピが婦人雑誌で紹介されるなど、
アレンジされていきました。

生活史研究家の
阿古真理さんによると、
「カレー粉があれば家でも
簡単に作れて味も決まりやすく、
丼物のようで親しみやすいし、
今からみれば辛さが
マイルドだったのも
受け入れられた要因です」とのこと。

その後、戦後の高度経済成長を経て、
日本人は辛さと
スパイスの経験を積みました。
1980年代には
「エスニックブーム」が到来。

キン肉マンで「カレクック」が
悪役超人としてデビューしたのも
この頃ではなかろうか。
私が子供の頃は、
頭の上に皿を乗せるだけで、
簡単に変身できることから、
誰もが簡易カレクックになったもので
正義超人不在のキン肉マンごっこは
カレクック対カレクックになることも
多かったように記憶しています。
記憶ちがいかもしれませんが、
「記憶にございません」と
言っておけば、
証人喚問さえ切り抜けられることを
ここ数年で日本国民は
知ってしまった。

嘘は付き放題付ける国です。
毎日がエイプリフール。
アホの国ということです。

さて、
カレクックがブームに火を付け、
さらにタイ料理やインド料理が
話題になり、
激辛ブームも起きました。
そうして次第に日本人は、
スパイスや唐辛子への耐性を
身につけていき、
いまや唐辛子は
「身近な辛いもの」では
圧倒的大差で、
ワサビをしのぐようになりました。

カレーの商品開発などを手掛ける
「カレー総合研究所」によると、
「昭和の時代のカレーは
大鍋で作って食べる
一家だんらんの象徴。
平成は外食カレー文化が
花開きました。
様々な味の経験を重ねて
令和の時代は、
昭和のカレーをベースに、
スパイスを使いこなした
多様なカレーを
手作りする人も増えていくと
思います」とのことですが、
私はもう一度、
カレクックブームが
到来するのではないかとみています。

恋人同士、
頭の上に乗せたカレーライスを
対面はせず、横並びで食べ、
俺がカレクックなら、
おまえ、彼女クック。
対面で見つめ合えないなら、
せめていつも、
同じ方を向いていようね。

そしたら、2人に
幸せの青い鳥がやってくるから。
ようこそ、カレークッククック。
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