お願いフルーツ「その他」

お国柄と沈没船

お国柄と沈没船
産経新聞の国際面にある
世界各国の様子を伝えるコラムが
好きなのですが、
先日、フランスはパリのことが
掲載されておりました。

記事によると、
パリではバスの座席にいま、
新型コロナウイルスの感染対策で
半分に「着席禁止」のシールが
貼ってあるそうです。
ある女性がそこに腰かけると、
横に座っていた別の客に
注意されたのですが、
注意された女性いわく、
「私、疲れているの。
ルールは柔軟性が必要よ」とのこと。
最後には「イヤなら立てば?」
「あなたこそ!」と
口論になったといいます。
 
同じくパリの家具店では
店員さんにマスクの着用を求められ、
「そんなの無意味だよ」と
食ってかかるお客さんも
いたそうです。
こんな調子なので、
政府も問答無用の法律で
押し付けるしかなく、
商店の閉鎖や外出禁止令は
前の日に突然発表され、
違反者には
罰金が課せられるという・・
我々からすると、乱暴に見えますが、不思議と文句は出ないようです。

ヨーロッパでも、
フランス人は特別らしく、
ドイツ人は「フランス人は
自由を口にしながら、
法で縛られるのが大好きだ」と
笑うんだとか。

こうした「国民性」を端的に表した
「沈没船ジョーク」
というものがあります。
                         
世界各国の人々が乗った
豪華客船が沈没しかかっています。
しかし、乗客の数に比べて
脱出ボートの数が足りません。
このため、船長は乗客を海に
飛び込ませようとするんですが・・
さて、船長は各国の人を
飛び込ませるために
どんな風に言うでしょう?
 
アメリカ人には
「飛び込めばヒーローになれますよ」
ロシア人には
「海にウォッカの瓶が流れてますよ」
フランス人には
「決して海には
飛び込まないでください」
イギリス人には
「紳士はこういう時、
海に飛び込むものです」
ドイツ人には
「規則ですから
海に飛び込んでください」

日本人には
「皆さんはもう飛び込みましたよ」
常に「世間体」を気にする・・
というのが、
日本人のイメージとして
定着しているのでしょうか。
そういえば、かつて、
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というフレーズが
流行ったこともありましたね。

先ほど紹介したコラムの中には、
「日本は自粛要請だけで
乗り切っている」と話したら、
フランス人が驚いた
というくだりもあったのですが、
自粛要請だけで乗り切っているのは
こうした「世間体」を気にする・・
というところが
関係しているのかもしれません。

いっぽうで、
日本人に対しては
「主体性の無さ」が
指摘されることもありますし、
近頃よく耳にする「自粛警察」には、
「みんな自粛しているのに
どうしてしないんだ!」という
正義感が見え隠れします。

なかなか難しい問題です。
お国柄で片付けてしまうのも、
その「柄」による差別意識を
助長しかねない気もします。

月並みなまとめには
なってしまいますが、
大切なのは相手のことを思いやる、
尊重する気持ちでしょう。

こっちの正義を押し付ければ、
あっちの正義が追いやられるなら、
どうしても禍根が残ってしまいます。
かといって、
じゃあ、あっちの正義のために、
こっちの正義を捨てるのか、
ということにもなりますが、
そこで大切になってくるのが、
答えは決して二者択一ではない、
ということでしょう。

あっちの正義とこっちの正義を
うまく繋ぐ気持ちというのが、
まさに日本人が大切にしてきた
和をもって尊しとなす、
ということではありませんか。
フィジカルで
手を繋ぎにくい世の中ですから、
せめてソーシャルでは、
手を取り合って
暮らしていくことは
できないものでしょうか。


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