お願いフルーツ「その他」

北大路魯山人とポテサラおじさん

北大路魯山人とポテサラおじさん
美食家として知られ、
あの海原雄山のモデルとしても
知られる北大路魯山人は、
ある雑誌記者に
「ものを美味しく食べるには
どうすればいいか」と聞かれ、
「空腹にするのが一番だ」と
答えたそうです。

めんどくさかったり
腹が立ったりしたんでしょうね。

いいか悪いかは別にして、
こういうことが
許される人間になりたいって
思います。
昔、松本人志さんが、
TPOに関わらず、
白Tシャツにジーパンで
OKな人間になりたい、
みたいなことを
(すごく記憶がおぼろげなので、
間違ってるかもしれません!)
書いていましたが、
それに似た感覚かと思います。

話が逸れました。
7月15日の日経新聞によると
魯山人が貧しい書生時代に
「心ゆくまで食いたい」と
夢にまでみた食材が「あゆ」です。
なかでも急峻な流れで知られる
京都の和知川産のものを好み、
「姿もよく、身もしまり、
香りもよい。
今のところここ以上のを
食ったことがない」と
絶賛しています。

かわってこちらは、
7月10日の山形新聞より。
魯山人はある随筆のなかで、
「いずれにしても、
じゅんさいは日本最高の美食に
属するものだと思っている」と
書いています。
魯山人は昭和8年、
深泥池での収穫の様子を見聞きし、
東京に出荷された品のうち
5割以上8割までを自ら腕をふるう
料亭「星岡茶寮」で使っていると
記述しています。
別の随筆ではジュンサイの価値は、
「粘液体の量の多少によって決まる」としています。

ねばねばしたものに
こだわりがあったんでしょうか。
7月10日の南日本新聞には
納豆に関するこだわりも
書かれていました。
魯山人はその混ぜ方について、
糸を出せば出すほど
おいしくなるから
極力ねりかえすべきである
と勧めています。
また、最初は何も加えず、
ねり上げてから醤油を数滴落とす。
といった具合で
強いこだわりがうかがえます。
 
このように、「食」について、
いろんな言葉を残している
美食家・北大路魯山人は、
食に対して非常にストイックで、
厳しい反面、
料理をする人に対する
思いやりを感じる一言もあります。

例えば、
「相手が美食の通であるような
人に無理を言われた場合は、
その人には自分で自分の料理を
つくってみなさいと言うことだ。
なにか悟るところがあろう」
と書いています。

ポテサラおじさんに
聞かせてあげたい金言ですね。
 
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