京都フルーツ

ブログde京都フルーツ 轆轤町

ブログde京都フルーツ 轆轤町
昨日紹介した「六波羅蜜寺」があるのは
「轆轤町」です。
「ろくろ町」と読みますが、
もともとは「ろくろ町」ではなく
「髑髏(どくろ)町」でした。

なんでも、その昔、轆轤町のあたりは、
文字通り、「髑髏」が
転がっているようなエリアでした。
このあたりは 少し西へ行くと鴨川があります。
少し東へ行けば、死人を葬り去る
「葬送地」として知られた鳥辺野です。
昔の人は 鳥辺野まで死体を運ぶのが
めんどくさくて、
鴨川に捨ててしまうということもあったそうです。

当時の鴨川といえば、
絶大なる権力を持っていた白河上皇でさえ、
「どうすることもできないもの」として
挙げているほど、
頻繁に洪水が起こっておりましたが、
川が氾濫するたびに死体も散らばっていきました。

いまの轆轤町のあたりは
鳥辺野から近いこともあり、
「このへんはどうせ死体捨てるとこやし、
散らばった死体を片付けなくてもええやろ?」と
いうことで、死骸が放っておかれ、
髑髏だらけになったといわれています。

ずっと「髑髏町」と呼ばれていましたが、
さすがに人が住む場所に「どくろ」は無いやろう?ということで、
音がよく似ている「轆轤(ろくろ)町」に
名前を変えたのです。

「どくろ」と「ろくろ」。
後年、この2つを結びつけた映画監督がいました。
そうです。
アメリカのジェリー・ザッカー監督です。

監督は大の日本好きとして知られ、
「どくろ」と「ろくろ」の話をえらく気に入り、
「どくろ」・・つまり死んだ者と、
「ろくろ」・・つまり陶芸家との恋愛映画を
完成させました。
もうおわかりですね。『ゴースト』です。

実はニューヨークではなく、
轆轤町の幻だったことはあまり知られていません。
TOP