お願いフルーツ「その他」

短編小説『お餅』

短編小説『お餅』
浜田はお餅が大好きだった。
いや、少し語弊がある。
正しくは
「いまよりもお餅が大好きだった」。

醤油ベースのおだしで
どろどろになるまで煮込んだお餅を
10個は軽く平らげてしまう。
熱々のおだしの上に舞わせた
鰹節の香りが
さらに食欲を掻き立てる。
お正月は 気づけば20個近く、
食べてしまうほどで、
浜田家では
それが当たり前の風景だった。

大学で京都に出てきてからも、
お餅好きは変わらず、
浜田はお正月には必ず、
実家から送られてくる大量のお餅を
次から次へと鍋にぶちこみ、
煮込みに煮込んで
食べたものだった。

おだしのことをよく知らず、
醤油をお湯で薄めただけのもので
煮て食べていたこともある。
味の違いなど
よくわからない浜田にとっては
それでも、そのお餅は
ご馳走だった。

ラジオ局で番組制作に
携わるようになってからも、
それは変わらなかった。
さすがに、醤油を薄めただけのもので
食べることはなくなったが、
おだしでいただくお雑煮
(というか餅煮込み)は
格別の味わいだった。

4年前のことだ。
浜田は何気なく、
職場で自身がお餅好きで、
一度に10個は軽く平らげてしまうと
話したところ、
たいそう驚かれた。
それとともに、
えらく面白がられたのが、
浜田は嬉しかった。

自分はお餅が好きなだけなのに、
特殊な力であるかのように
受け止められたからだ。
(呆れている人間もいたが)

浜田の誕生日は1月4日なのだが、
浜田がお餅好きであることを
話してから最初の1月4日には
大量のお餅が浜田に
プレゼントされた。

もちろん、嬉しかった。
ところが、お正月には
浜田の実家からも、
大量にお餅が届く。

元日に20個平らげるほどに、
浜田はお餅が大好きだが、
4日にさらに大量のお餅をもらい、
そこからもお餅を食べ続けるほどには
お餅を好きではないことに
浜田は気づいてしまった。

しかし、
職場では 一度に10個は軽く
平らげてしまうほど
お餅好きの浜田だ。

翌年も1月4日に、
浜田には 大量のお餅が
プレゼントされた。
実家からは元日に
大量のお餅が届いている。

妻のサチコにも
怒られるようになった。
家がお餅だらけになるのだから
それも当然のことだ。
しかもサチコはお餅が好きではない。
それでも浜田は 職場では一度に
10個は軽く平らげてしまう浜田だ。

簡単に前言を
撤回するわけにはいかない。
お餅好きであるという、
特別な力を
手放すわけにもいかなかった。

その年の大晦日にも実家からは
大量のお餅が届いた。
サチコからは
「もう職場でお餅をもらうのは
やめて」と言われてしまい、
困った浜田は一つ、計画を立てた。

元日と2日に、
新年早々、2日連続で、
お餅を10個ずつ食べたことを
Facebookに投稿したうえで、
2日目の投稿に、
「さすがに飽きてきた」と
書いたのだ。

Facebookは職場の後輩のヤスコが
見ているはずだ。
これを見ていたら、
流石にもう大量のお餅が
プレゼントされることはないだろう。

しかし、
その年のバースデープレゼントも
大量のお餅だった。
ヤスコは私に言った。
「私はやめましょうって
言ったんですけど、
もう買ってくれてはったんです」

浜田のアピールは実らなかった。
それでも浜田は手応えを感じていた。
「これで来年はもうお餅を
プレゼントされることはないだろう」

そして翌年、つまり今年だ。
しかしそれでも、ひょっとすると、
今年も大量のお餅を
用意してくれるかもしれない。
そう思った浜田は
また一計を案じた。
今年の1月4日は金曜日。
前日の木曜日が、
浜田が15時まで、
生放送を担当する日だ。

浜田は事前に、
「3日の放送終わりは
すぐに家に帰り、
そのまま 日曜日まで
お休みをいただきます」と
伝えていた。

これなら誕生日を
職場で迎えることがないから、
大量のお餅をいただくことも
避けられるのではないか。
我ながら、
なかなかの妙案ではないか。

仮に誕生日の前日、前倒しで
お祝いしてもらうにしろ、
生放送終わりに帰るのであれば、
その時間もないはずだ。

自分のようなもののために、
わざわざみんなに時間を割いてもらい
誕生日祝いをしてもらうこと自体、
浜田には遠慮の気持ちもあった。

それでも浜田は不安だったので、
生放送中に、
ちょうどお餅の話題になったとき、
ヤスコに対して、
「ええ加減、お餅はもう、
見るのもイヤや」と話をした。

すると、ヤスコの目が
少し泳いだような気がした。
イヤな予感がした。
1時間後、生放送中に浜田は
大量のお餅を
バースデープレゼントとして
受け取った。

無類のお餅好きであるはずの浜田は、
目の前の大量のお餅を見て、
喜ぶしかなかった。

〜了〜

※この物語はフィクションです。
※浜田は知りませんが、
涌井はお餅大好きです。

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