お願いフルーツ「その他」
短編小説『帰りの電車』
ワクイは眠かった。
いまから電車に乗るんだけど、
電車で寝るのは
あんまし気持ちよくないから、
座席ってなんだか硬いから、
イヤなんだけどなー。
お母ちゃんのお膝で寝よっかなー。
長浜駅に停車していた
電車に飛び乗った。
ちょうど四人用の座席が
まるごと空いていたので、
涌井家の四人は
そこに腰掛けることにした。
お父ちゃんが進行方向窓際。
お父ちゃんの隣にお母ちゃん。
お父ちゃんとお母ちゃんの
向かい側にワクイとサスケが
座ることになった。
サスケはワクイのお兄ちゃんだ。
この座組にワクイは
不満を覚えた。
まずお父ちゃんの座る
進行方向窓際は一番いい席で
ワクイが座りたかったところだ。
どうしていつも、
一番いい席はお父ちゃんなんだ。
しかもお父ちゃんの隣には
大好きなお母ちゃんがいる。
お母ちゃんの隣には
ワクイが座らないと、
ワクイはお母ちゃんのお膝で
寝られないじゃないか。
「ワクイ、
お母ちゃんのお膝がいい」
お母ちゃんのお膝に
なだれこんでしまえば、
いつもお母ちゃんは
ワクイを受け入れることを
ワクイは知っていたから、
それを実行に移してみたけど、
思わぬ邪魔が隣から入った。
サスケが邪魔をしてくるんだ。
サスケはワクイより
お兄ちゃんのくせに
お母ちゃんが隣にいないのが
イヤなんだって。
隣じゃなくてもいいけど、
ワクイが隣に行くのは
イヤなんだって。
そんな勝手な理屈でワクイが、
お母ちゃんのお膝に座れないのは
おかしいから、
サスケが邪魔をしても
何回でも何回でも、
「ワクイ、
お母ちゃんのお膝がいい」と
お母ちゃんのお膝のほうへ、
なだれこんでいったのに、
そのたびにサスケに押し戻された。
何回くらい続いただろう。
お母ちゃんは突然立ち上がり、
サスケの耳元で何か囁いたんだ。
そうしたらサスケは
僕の邪魔をしなくなり、
僕はお母ちゃんのお膝に
なだれこむのではなく、
ちょこんと着陸できたのです。
お母ちゃんは
どんな魔法の言葉を使ったんだ。
そういえばお父ちゃんは、
「お母ちゃんは昔、
魔法使いやったんやぞ」と、
バカみたいなことを言っているけど
ひょっとしてウソじゃないのかな。
お膝に頭をうずめると、
あたたかい。
お母ちゃんの匂いがする。
サスケに自慢してやりたくなって
サスケのほうを見てみたら、
サスケはあんまり、
羨ましそうにしていないから、
なんか悔しくなったら、
目が醒めてきてしまったぞ。
別に眠らないと
いけないわけじゃないから
いいんだけどさ。
お母ちゃんのお膝の上で
仰向けになっていたら、
向こう側の窓の向こうに
僕がいて機嫌悪そうに
こっちを眺めているから、
なんなんだよって思ったけど、
あれが僕だってことくらい、
もう知ってるもんねー。
僕が手を合わせてみたら
窓の向こうの僕も手を合わせた。
「米原、米原ー」
「まいばら」というところに
着いたみたいだ。
そしたらサスケがお父ちゃんに
ちょっと泣きそうになりながら、
「え?米原ってもうすぐ
京都じゃないの?
もう着いちゃうん?」
と言うものだから、
お母ちゃんが、
「まだや。あと1時間くらい
かからで」と言うと、
サスケは少し安心したみたいだ。
「ねえねえ。どうしてサスケは
早く着いてほしくないの?」
お母ちゃんに聞いてみても、
答えてくれない。
何かを察したっぽいお父ちゃんも
ニヤニヤ笑ってるばかりだ。
お母ちゃんのお膝の上は
気持ちいいけど、
気持ちいいから、
このまま眠りたくなくなってきた。
だって、こんな気持ちいいのに
眠ってしまったら、
この夢みたいな気持ちよさを
忘れてしまうじゃないか。
何かを待っていたみたいだった
サスケはもう、
お父ちゃんのお膝の上で
寝てしまっている。
あんまり
気持ちよさそうじゃないな。
あんまり気持ちよくないから、
あんなに簡単に
寝てしまえるんだろうな。
よく見たら
お母ちゃんもうとうとしてる。
起きてるのはお父ちゃんと
僕だけか。
お父ちゃんはずっと、
スマホを触っているな。
ワクイがゲームしたいって言うと
怒るくせに、
自分はスマホを触ってばかりで
勝手な人なんだな。
なんでこんな人とお母ちゃんは
結婚したんだろうな。
魔法が使えるなら、
もっと違う人と
結婚すればよかったのに。
「草津ー、草津ー」
ちょっと目をつぶっていたら
くさつっていうところに
来たみたい。
お父ちゃんは相変わらず、
スマホを触ったままだけど、
あれ?隣のサスケは
ゲームしてるなー。
ゲームしたらお母ちゃんが
怒るのになー。
お母ちゃんが寝てるからだな。
ズルいなー。
ズルいけど、まぁいいか。
お母ちゃんのお膝の上は
気持ちいいから、
せっかくだし、
もうちょっと寝ることにしよう。
サスケもお父ちゃんも、
気持ちよくないから
ゲームしたり、
スマホ触ったりするんだろうな。
いまから電車に乗るんだけど、
電車で寝るのは
あんまし気持ちよくないから、
座席ってなんだか硬いから、
イヤなんだけどなー。
お母ちゃんのお膝で寝よっかなー。
長浜駅に停車していた
電車に飛び乗った。
ちょうど四人用の座席が
まるごと空いていたので、
涌井家の四人は
そこに腰掛けることにした。
お父ちゃんが進行方向窓際。
お父ちゃんの隣にお母ちゃん。
お父ちゃんとお母ちゃんの
向かい側にワクイとサスケが
座ることになった。
サスケはワクイのお兄ちゃんだ。
この座組にワクイは
不満を覚えた。
まずお父ちゃんの座る
進行方向窓際は一番いい席で
ワクイが座りたかったところだ。
どうしていつも、
一番いい席はお父ちゃんなんだ。
しかもお父ちゃんの隣には
大好きなお母ちゃんがいる。
お母ちゃんの隣には
ワクイが座らないと、
ワクイはお母ちゃんのお膝で
寝られないじゃないか。
「ワクイ、
お母ちゃんのお膝がいい」
お母ちゃんのお膝に
なだれこんでしまえば、
いつもお母ちゃんは
ワクイを受け入れることを
ワクイは知っていたから、
それを実行に移してみたけど、
思わぬ邪魔が隣から入った。
サスケが邪魔をしてくるんだ。
サスケはワクイより
お兄ちゃんのくせに
お母ちゃんが隣にいないのが
イヤなんだって。
隣じゃなくてもいいけど、
ワクイが隣に行くのは
イヤなんだって。
そんな勝手な理屈でワクイが、
お母ちゃんのお膝に座れないのは
おかしいから、
サスケが邪魔をしても
何回でも何回でも、
「ワクイ、
お母ちゃんのお膝がいい」と
お母ちゃんのお膝のほうへ、
なだれこんでいったのに、
そのたびにサスケに押し戻された。
何回くらい続いただろう。
お母ちゃんは突然立ち上がり、
サスケの耳元で何か囁いたんだ。
そうしたらサスケは
僕の邪魔をしなくなり、
僕はお母ちゃんのお膝に
なだれこむのではなく、
ちょこんと着陸できたのです。
お母ちゃんは
どんな魔法の言葉を使ったんだ。
そういえばお父ちゃんは、
「お母ちゃんは昔、
魔法使いやったんやぞ」と、
バカみたいなことを言っているけど
ひょっとしてウソじゃないのかな。
お膝に頭をうずめると、
あたたかい。
お母ちゃんの匂いがする。
サスケに自慢してやりたくなって
サスケのほうを見てみたら、
サスケはあんまり、
羨ましそうにしていないから、
なんか悔しくなったら、
目が醒めてきてしまったぞ。
別に眠らないと
いけないわけじゃないから
いいんだけどさ。
お母ちゃんのお膝の上で
仰向けになっていたら、
向こう側の窓の向こうに
僕がいて機嫌悪そうに
こっちを眺めているから、
なんなんだよって思ったけど、
あれが僕だってことくらい、
もう知ってるもんねー。
僕が手を合わせてみたら
窓の向こうの僕も手を合わせた。
「米原、米原ー」
「まいばら」というところに
着いたみたいだ。
そしたらサスケがお父ちゃんに
ちょっと泣きそうになりながら、
「え?米原ってもうすぐ
京都じゃないの?
もう着いちゃうん?」
と言うものだから、
お母ちゃんが、
「まだや。あと1時間くらい
かからで」と言うと、
サスケは少し安心したみたいだ。
「ねえねえ。どうしてサスケは
早く着いてほしくないの?」
お母ちゃんに聞いてみても、
答えてくれない。
何かを察したっぽいお父ちゃんも
ニヤニヤ笑ってるばかりだ。
お母ちゃんのお膝の上は
気持ちいいけど、
気持ちいいから、
このまま眠りたくなくなってきた。
だって、こんな気持ちいいのに
眠ってしまったら、
この夢みたいな気持ちよさを
忘れてしまうじゃないか。
何かを待っていたみたいだった
サスケはもう、
お父ちゃんのお膝の上で
寝てしまっている。
あんまり
気持ちよさそうじゃないな。
あんまり気持ちよくないから、
あんなに簡単に
寝てしまえるんだろうな。
よく見たら
お母ちゃんもうとうとしてる。
起きてるのはお父ちゃんと
僕だけか。
お父ちゃんはずっと、
スマホを触っているな。
ワクイがゲームしたいって言うと
怒るくせに、
自分はスマホを触ってばかりで
勝手な人なんだな。
なんでこんな人とお母ちゃんは
結婚したんだろうな。
魔法が使えるなら、
もっと違う人と
結婚すればよかったのに。
「草津ー、草津ー」
ちょっと目をつぶっていたら
くさつっていうところに
来たみたい。
お父ちゃんは相変わらず、
スマホを触ったままだけど、
あれ?隣のサスケは
ゲームしてるなー。
ゲームしたらお母ちゃんが
怒るのになー。
お母ちゃんが寝てるからだな。
ズルいなー。
ズルいけど、まぁいいか。
お母ちゃんのお膝の上は
気持ちいいから、
せっかくだし、
もうちょっと寝ることにしよう。
サスケもお父ちゃんも、
気持ちよくないから
ゲームしたり、
スマホ触ったりするんだろうな。