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1月17日の新聞コラム「記憶を引き継ぐということ」

1月17日の新聞コラム「記憶を引き継ぐということ」
涌井慎です。
趣味は新聞各紙のコラムを
読むことです。

1月17日。
阪神淡路大震災から25年。
無料でコラムを読める新聞紙の
8割近くが震災について
書いていました。

「京都新聞」と
「東奥日報」が鴨長明の
『方丈記』を引用していました。

以下「京都新聞」引用
1185年に京都で大地震に遭った鴨長明は『方丈記』で「月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし」と嘆いた。

以下「東奥日報」引用
大火、辻風、大飢饉、大地震。800年余り前、京都は天変地異で壊滅状態に陥った。世の無常をみた鴨長明は『方丈記』に記した。地震は最も恐ろしいと痛感しながら、月日がたてば地震のことを口に出す人さえいなくなると。現代に通じる警句だろう。

それでも毎年思い出すのは
こうして新聞が、
1月17日に記事にしてくれるから。
それに被災した人たちが、
SNSで当時のことを
書いてくれたりするから。
鴨長明が震災の猛威から風化までを
書き記して
いてくれたからでもある。

あの日の朝、
滋賀県東浅井郡湖北町(当時)も
大きく揺れて、
それで目覚めました。
中学3年生だったはず。

その日の授業で担任が、
「テレビを見ていたら、
神戸の放送局の映像が流れて、
はげたおっさんが
揺れにびっくりして、
あたふたしていましたね」
というようなことを話し、
おそらく、担任は、
どんよりした雰囲気を変えるため、
あえて「はげたおっさん」
というような言い方を
したのでしょうが、
とにかく間が悪すぎました。

これが「すべる」と
いうことなのか、と
はじめて感じた
瞬間だったかもしれません。

特に普段から担任に
反抗的だったヤンキー女子の
軽蔑するような目線が
忘れられません。
スカートが短くて、
セーラー服の下にブラジャーしか
してなかったりする子でした。

その年の高校受験では
阪神淡路大震災に関する問題が
出題されていました。
1月17日の出来事が、
3月の試験に反映されるのは
いま思えば、
かなり急な「差し替え」
だったのではないかしら。

震災を風化させまいと、
各紙が阪神淡路大震災について
書くなか、
「北國新聞」に掲載されていた
「歌」に心を打たれたのは、
ちょうど高校受験のことを
思い出していたから
かもしれません。

歌会始で披露された
高校生の入選作については、
すでにSNSでも「泣ける」と
話題になっていますね。

助手席で進路希望を話す時
母は静かにラジオを消した


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