京都フルーツ

昨日は涌井大宴会in磔磔でした

昨日は涌井大宴会in磔磔でした
昨晩は涌井大宴会in磔磔に
お越しいただいた皆様、
ありがとうございました。

予想をはるかに上回る人数、
磔磔にお越しいただけて、
私は幸せの極みであります。

その思いが例年よりも強いのは
とにかく、演目の一つ
「文字を失う男」を
たくさんの方に
観てもらえたからです。

「あ」という文字がなくなれば
愛する「あなた」のことを
「あなた」と呼ぶことも、
「愛してる」と言うことも
できなくなる。

「き」という文字がなくなれば
愛しい「君」のことを
「君」と呼ぶことも、
「好き」と言うことも、
不可能になる。

「ぬ」が無くなっても、
さほど問題にはならないけど、
今度は「わ」がなくなるから、
自分のことを
「私」ということも、
「涌井」ということも
不可能になる。

「よ」という文字と
「ね」という文字がなくなり、
愛しい人に優しく語りかけることが
不可能になる。

一文字ずつ文字を失う男は
果たして愛しい人に対して、
自分の想いを伝え続けることが
可能なのかしら。

というようなことを、
舞台の上でやってみようという
恐ろしいことを思いついてしまい、
思いついたからには
やるしかない!と心に決め、
遅くとも半年前くらいから、
稽古を重ねておりました。

毎日自転車での出勤時、
「あ」から順番に
文字を失っていきました。
もう、やっぱり前までに
やったことのある演目に
差し替えようかと思ったことも
数度ではありません。

それでもなんとか、
自分のなかで踏ん張りまして。
終盤は仕込みが
間に合わなかったため、一斉に
失っていくことになりましたが、
(あとは尺の問題もありました。
全部一文字ずつ失くせば
おそらく2時間はかかる)
なんとかカタチにして
本番にのぞむことに。

正直、稽古でも、
最初から最後まで上手くいったのは
一回だけで、
ぶっつけ本番だったのですが、
なんとかやり切りました。

やり切ったとはいえ、
割と序盤になくなったはずの
「あ」を言ってしまい、
終盤にはなくなったはずの
「み」を多用してしまいましたが、
それでも終演後には
お越しいただいた皆様から
大きな大きな拍手を
いただきまして。

こういうことは
本来あまり自分で書くのは
品がないとは思うのですが、
ほかにも、
「今回のはすごかった」
「面白かった」
「来てよかった」
「ほんまに最高やった」などなど、
お褒めの言葉まで、
たくさん頂戴いたしまして、
信念をぶらすことなく、
初心を貫き通してよかったなぁと
思ったわけです。

ある人などは
「これは大発明だと思うから、
これで終わりにせずに、
続けていくべきだよ」とまで
言ってくださいました。

人は苦労が報われたとき、
悲しくなくても泣くんだね。
泣くといえば、
昨日は磔磔に到着したら、
電報が届いておりまして。

エフエム京都のDJの
川原ちかよさんからでした。
こんな私のようなものの
イベントのために
電報を届けてくださった
その気持ちにリハーサル前から
泣いてしまい、
終演後の皆様の声にも泣いてしまい
ああ、これだから、
私はこのイベントを
続けているのだなぁと
実感いたしました。

改めて、
昨晩「涌井大宴会in磔磔」に
お越しいただいた皆様、
ありがとうございました!







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