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新聞コラム 円周率と高校野球

新聞コラム 円周率と高校野球
涌井慎です。
趣味は新聞各紙のコラムを
読むことです。

3月13日。
昨日ですが「山陽新聞」は
本日3月14日のことについて
書いていました。

円周率(n=π)の近似値にちなみ、
3月14日は円周率の日です。

「厳密にいえば、nは小数点以下が「1415926・・」と、割り切れずにどこまでも続く。日本人の女性技術者が小数点以下約31兆4千億桁まで計算し、世界最高を更新したとのニュースが昨年の円周率の日にあった」(括弧内引用)

円周率を習ったのは
中学校の頃だったはず。
当時買ったブルーハーツの
アルバムの中に
「キューティーパイ」という
曲があり、延々円周率の数字を
歌うだけの曲だったのを
覚えています。

高校生になると、
自分の数学脳を諦めたので、
円周率と深く関わることは
無くなっていきました。

近頃、
高校生の頃をよく思い出すのは
私が野球部だったから、
かもしれません。

3月13日のコラムは
全国各紙の半数近くが、
選抜高校野球中止について
話題にしていました。

いろんな意見はあるでしょう。
野球ファンからは、
やはり中止を残念に思う声が
出てきます。
それは当然のことでしょう。

しかし、
「愛媛新聞」に書かれています。
「新型コロナ拡大で学校が休校になり、他の高校スポーツは大会中止が相次ぐ。高校野球だけ開催するとなれば、合理的理由が問われよう。」
(括弧内引用)

ひと昔前なら、
高校野球に「合理的理由」は
問われなかった気がする。
それほどに高校スポーツにおいて
野球は特別なポジションに
いたように思うのです。

今回も他スポーツが
中止を決めるなか、
無観客で押し通そうとはしましたが
中止を決断したところ、
ついに高校野球だけは
特別なんだという、
聖域が崩されたのではないかしら。

それでも「愛媛新聞」は
先ほど引用した箇所に続いて、
「とはいえ、選手にとって一生に一度かもしれない晴れ舞台が失われたのは重い事実だ。悔しさは察するに余りある」と書いています。

要は球児たちがかわいそう、
ということなんですが、
それは他の高校スポーツも
同じことです。
この文章、他の高校スポーツも
含めてのことなら
問題はないのですが、
もし、高校野球の球児に対して
だけに向けたものであるなら、
まだまだ新聞は、
高校野球が特別なものである、
という聖域を守ろうとしている、
ということなのでしょう。

野球に限らず、
どの部活の部員も監督も
関係者も、みんな等しく、
悔しい思いをしているはずです。

野球だけが特別ではありません。
例外などを認めず、
はっきりと結論することを
「割り切る」といいます。
なかなか割り切れないのは、
円周率と同じでしょうか。


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